|
|
|
|
<ノベル>
対策課で呼びかけ、集まってくれたコレット・アイロニー、ファレル・クロス、須哉久巳に長パン長袖の黒尽くめの流鏑馬明日が頭をさげた。さらりと明日の長い髪が触れる。
「今回の事件をサム刑事から引き継いだ流鏑馬明日です。よろしくお願いします」
「こちらこそ、お願いします」
コレットは慌てて頭を下げる。細身に金色の髪がさらさらと揺れて、彼女が持つ儚げな愛らしさを引き立てる。その手にはガードゲージが握られ、彼女のバッキーのトトがいれられている。明日のバッキーであるパルはバッキーの中でも小柄なほうで今はヒップバックの中にはいっている。
「……よろしく」
ファレルはまったく表情も変えず、どこかめんどくさそうなままに言い返した。
「こっちこそね」
久巳は黒髪にポニーテールを揺らして頼りになる微笑みを浮かべてくれた。彼女の右手は事故で失われて、今は義手をはめている。
明日は、ここに集まってくれた者たちに微笑みを浮かべた。サムの呼びかけにこたえてくれた彼らとなんとか事件を解決したいと思っていた。
ここに挨拶に来る前にサムと明日は直接会っていた。
サムは爽やかな微笑みを浮かべて明日に言った。
「今回の事件の協力者たちは既に募ってあるので、彼らの指示は君が出してほしい」
「サムさんは……?」
「自分は一応、表向きは外された身なので」
「それは、サムさんのせいではないと思いますが」
苦笑いを浮かべるサムに明日は眉を顰めた。ストーカー被害にあっているまゆみが隠れたホテルに脅迫状が届いたことで、まゆみからサムは護衛解任されたのだ。
「まぁ厄介な仕事から外されてラッキーといったところかな」
「サムさん!」
「ジョークだ……これくらいのジョークにはのってほしいものだ」
憤然とする明日にサムは穏やかな微笑みを浮かべて言い返した。
「今回の事件の後任は自分が君にお願いすると上司に頼んだんだ」
「私にですか?」
「そうだ。今回の護衛する相手の性別を考えれば男よりも女性のほうが安心して信頼してもらえるだろう。なによりも君のように有能な人物ならば期待できる」
サムは激励とともにプレッシャーを明日に与えることを忘れない。
「自分たちは気がつかれないように護衛しているので、何かあったときは無線で呼びかけてくれ」
そうしてサムから事件の引継ぎをしたのが数時間ほど前のことだ。
明日は今回の協力者たちと共にまゆみのいるホテルに赴いた。
銀幕市の中でも高級な分類にはいるホテルのロビー。
まゆみの部屋は事前に聞いていたので、エレベーターに向おうとしたときだ。
「あれ、あの子じゃないのか?」
久巳が声を漏らしたのに明日は足を止めた。
「あそこのソファに腰掛けてるのじゃないか? テレビで見たことある程度で、見間違いかもしれないが」
ロビーは、淡い赤色の絨毯が敷かれ、中央にはふわふわのソファが置かれている。久巳の視線は中央のソファに注がれていた。
ソファにまゆみがいたのだ。一応、サングラスはかけているが、少しでも彼女を知る者が見ればすぐにわかる変装だ。
部屋で待っていて欲しいといったはずだが。
明日はまゆみに駆け寄った。
「まゆみさんでしょうか」
「……なに、あんた」
「サム刑事からあなたの護衛を任された者です」
まゆみがサングラスをそっとずらして明日を見た。
「あなたの後ろの人たちも?」
「そうです」
明日がきっぱりと言った。
「ふぅん、じゃあ、行きましょう。マネージャーにはすぐに外に出るって連絡してるから、出かけても大丈夫よ」
まゆみは言うとソファから立ち上がった。
「まってください。明白にどこかにいくということを教えていただきたいんですが、護衛としては」
「そんなの、あんたたちが考えてよ」
まゆみはさらりと言い返した。
「私のこと楽しませてくれるんでしょ?」
まゆみの傲慢なものの言い方に明日は軽く眩暈がした。
「だって、ちょー人気アイドルの私と遊べるなんて嬉しいでしょ?」
「申し訳ありませんが、私は貴方のこと……まったく知りません」
ファレルがすっぱりと言い返した。その言葉にまゆみが目を剥いた。
「あははは、少年、はっきりというな。まぁあたしも、テレビで見た程度かな?」
「うそうそ。私、いっつもテレビでてるじゃない」
「だから、テレビで見たことある程度には知ってるよ」
久巳が朗らかに笑って言い返した。
まゆみはコレットに視線を向けた。
「あんたは、当然、私のこと知ってるわよね」
「え、ええ。学校ではよく名前とか聞きますし、雑誌とかでも見ます」
コレットは遠慮がちに微笑んだ。ただしそれはまゆみが予想していたものとは違っていたらしい。
それぞれの反応にまゆみは不満そうに顔をしかめた。
「アナタが、アイドルといっても、ここにいる人たちは、それで媚びるような者はおりません」
明日が言う。
「じゃあ、決めたわ。今、決めた。私、買い物がしたい。車出して」
「買い物ですか」
狙われているのであまり人目につくところは避けたほうがいいかもしれないが、これがまゆみの願いであるならば断れない。
「いいんじゃないのか、買い物くらい」
明日に久巳が微笑みかける。
明日は頷いて、すぐさまにタクシーをチャーターした。五人ではいると、流石に狭い。まゆみが文句を口にしたが、それでも移動手段はこれしかないので我慢してくれた。
買い物をするというのでアップタウンにタクシーを向わせた。ここには女性の憧れのブティックが軒を連ねている。
タクシーを降りると、まゆみは伸びをした。
「あーあ、窮屈だった」
「それは、みんなさん、同じですよ」
「そっちは前にのってたじゃない」
それは護衛しているのだから、仕方がない。しかしまゆみは恨めしげに明日を睨んだ。
「まぁまぁ、さて、買い物しようか」
文句を言うまゆみを久巳が微笑んで買い物へと促してやる。
久巳の弟子とまゆみは年齢が近いせいか、つい重ねてしまうところがある。そのためまゆみが文句を言っても笑って受け流す余裕があった。
コレットはにこにこと笑ってまゆみが楽しめるようにとはりきり、ファレルはやはり無表情で買い物に付き添う。
まゆみが好んで足を向けるのは、高級なブティックばかりだ。
「わぁ、すごい。こんな高いもの、買うの?」
普段はいることもない高級なブティックにコレットが緊張した面持ちで尋ねる。
「私は人気のアイドルよ。これくらい買えるわよ」
コレットが一着の値段を聞いて目を白黒させて驚いているのにまゆみが笑う。
「ねぇ、これ似合うと思う? それともこっちかな」
「どっちもとっても可愛いと思うわ。私は……明日さんは、どう思いますか?」
コレットが尋ねる。すると、明日は真剣な顔をして斬新な――なんだか子供の落書きしたような黒色のスカートに、なんでか水玉色がついているというものを差し出してきた。
「なに、これ」
「可愛いでしょう」
「……びみょー。てか、奇妙よ。可愛いけども。これ」
「大変いいものだと思いますが」
明日が真剣に言うのにまゆみは苦笑いを噛み締めて言い返した。明日としては可愛いと思っているのだが、そこは微妙に個人の美的感覚の差があるようだ。
「中々に斬新な発想じゃないか。ブラウスとかも可愛いのがあるぞ。ほら、そこのとか」
久巳が明日の肩を叩いてやる。
「いいわね。ここの店の全部買って帰ろうかしら」
「それは無理です」
まゆみに明日がきっぱりと言った。
「なんで」
「持って帰れませんよ」
決して意地悪ではなく出来ないことをきっぱりという明日の言葉にまゆみが顔を険しくさせた。怒っていても、整った顔はどこか愛らしさがある。
「じゃあ、ファレルが持ってよ。男なんだし」
「疲れることをいいださないでください」
「いいじゃないのよ。もう……あんたたちは、私がアイドルでも、態度、かえないでくれるのね」
ぷいっと拗ねて顔をそむけるとき、まゆみはぽつりと呟いた。小さな呟きは、聞こえるか聞こえないか程度のものであった。
まゆみの服選びにコレットが丁重に相手をしている間に明日、ファレル、久巳は互いにそっと寄っていった。
「すいませんが、ここのことを頼めますか? あたしは、一度ホテルに帰って捜査のほうをしようとおもってます」
明日の言葉にファレルが目を細めた。
「茶番ですね。犯人のこと、なんとなくわかってるんじゃないんですか?」
「あたしも、話を聞いたときになんとなくだけども思ったよ。けど、犯人であってほしくないな」
二人の言葉に明日も目を細めた。
二人は現状を聞き、なんとなくであるが犯人のことを察しているのだ。それは明日も同じこと。
「状況証拠だけではなんともいえません。それに動機がわかってません。サムさんに連絡をいれて周囲の護衛にも気を配ってもらいますので心配はないと思いますが、何かのときはお願いします」
明日の言葉に久巳は笑って、ファレルは億劫げに頷いた。
明日は頭をさげたのち、ちらりとコレットとまゆみを見た。
楽しそうに買い物を楽しむ二人を見ると、自分のその中に混じりたいという気持ちもある。しかし、自分は刑事だ。この微笑みを守るためにも動かなくては。
「待て。あれは……」
久巳が目を細めて顎で示した。
買い物をするまゆみとコレットのことをじっと見ている男がいる。お洒落なブティックには少々場違いなシャツにジーンズ。そして背中にはリュックを背負っている男だ。彼の手にはしっかりとカメラが握られていた。もしかしたらまゆみのファンかもしれない。ここに来ることはまったく教えていないのに何故。
明日は身をかたくした。
隠し撮りくらいは可愛いものだと笑ってあげてもいいが、それはまゆみがいやがるだろう。護衛として、彼を止めるべきだと思って明日が動き出そうとした、そのときだ。
男が懐から青い封筒を取り出したのだ。それを持ってまゆみに走っていく。
「まゆみさんっ」
コレットがまゆみの体を抱きしめて守る。
明日の気合のはいった声と共に男の腕をとると、一本背負いで床に叩きつけた。男が痛みに顔を歪めて動けない間に、すばやく、その手に手錠をかける。
まゆみは何が起こったのか理解できないまま、ぼーとしていたが男の手に握られていた青い封筒を見ると顔を歪めた。
「サムさん、犯人らしき男を確保しました。車のほうをお願いします……大丈夫ですか?」
明日が尋ねるとまゆみはコレットの腕にしがみついて頷いた。
「すごい、一撃だな。……大丈夫か?」
久巳が明日に微笑みかけたあとまゆみとコレットを気遣った。
「すぐに仲間の刑事が来ます。あたしは、このことをホテルにいるマネージャーに言いますが、まゆみさん、あなたは」
「……な、なんで、まだ、遊びに出かけてるのよ。犯人は捕まったんだし、もっと遊ぶわよ。そいつ、さっさと連れていってよ」
まゆみが気丈に言い返した。
「まゆみちゃん、俺、君のファンで……好きなんだ。好きなんだよ。君が」
床にいる男が小さく呻いた。
「……私のことなんて見てないじゃない、あんたは」
まゆみは小さく吐き捨てた。
「もー、気分転換になんかしてよ。これじゃあ、どこにもいけないわよ。人の目もあるし。どーにかして!」
サムが犯人の男を捕らえてパトカーで警察へと連れて行く。そして、今回の事件が無事に捕まった報告をするということで明日はまゆみのいるホテルへと赴いた。
残された四人のなかでまゆみだけがひどく腹立たしげに顔をしかめてわめいていた。いくら買い物の続きをしたいといっても、あのような出来事があって再び買い物を楽しむ気分でもなくなったというのが正しい。
それにその場にいる人々の視線が向けられてもいた。先ほどのことでまゆみがいることがばれたのだ。
「仕方ありませんね」
ファレルがため息をつくと指を鳴らした。
そのとたんに風景がかわった。
ファレルのロケーションエリアが発動したのだ。彼の出身映画の近未来へと周囲がかわった。ビルが生まれ、車が空を飛ぶ。
先ほどまでまゆみに視線を向けていた通行人たちは驚いたように空を飛ぶ車などに眼を奪われていた。
「どうですか?」
ファレルがまゆみに尋ねる。
「貴方の希望には添えたと思いますよ」
まゆみもぱちくりと目を瞬かせてその光景を見ていたのでファレルに尋ねられて、びっくりしたように頷いた。
「今のうちにどこか行くところを決めましょう。ロケーションエリアが切れたら、そのあとは、またファンの人たちが来るかもしれませんよ」
「行くところ……静かな、ところがいいわ。心が落ち着けるところ」
「じゃあ、よかったら、星砂海岸に行くのはどうかな?」
コレットがおずおずと言うとまゆみはこくんと頷いた。
明日はまゆみの泊まっているホテルに来た。
事件が無事に解決したことをマネージャーの敦子に知らせるためだ。
ホテルのロビーに戻ると、まゆみのマネージャーの姿を探すが見えない。部屋にいるのだろうか。事前にスケジュールを聞いていたが、ストーカー騒ぎが落ち着くまでは、とりあえずまゆみの仕事は休むということでマネージャーである敦子もまゆみに付き添ってお休みをもらっていた。まゆみが外に遊びにいくので今日一日の敦子は完全なるフリー。伺った予定では、朝のうちに新しい服をとりにもどり、午後はホテルでのんびりするといっていたはずだ。
「にしても、あの人には頭がさがるよ」
「でもさ、怖いっていうか」
「あの」
明日が声をかけると、シャツとジーンズというラフな姿の二人の男が顔を向けてきた。
「確か、まゆみさんの事務所の方ですよね」
事前にまゆみの事務所の人間たちの顔と名前は資料として渡され、頭の中に叩き込んでいた。男たちが明日に驚いた顔を向ける。即座に警察だということを明かすと彼らはああと安堵のため息をついた。
「こちらにはお仕事で? まゆみさんは、今はお休みをいただいているのでは?」
「ええ。今は仕事を休んでいるといっても、何かと予定を組んでいる子だから。いつ仕事が出来てもいいよにって」
「まぁ、無理させたくないんだけどね。けど、一応売れっ子だし。少しでも出来るなら、やっておきたいのもあるんだよね」
男たちは苦笑いを浮かべる。
「それは大変ですね」
「ああ、おれたちはね、いいんだよ。けどさ、まゆみちゃんってさ、根は素直ないい子なんだよね。歌と踊りがすきでさ。けどねぇ」
「ああ」
男たち二人が目配せしてため息をつく。
「どうかしたんですか?」
明日は怪訝と眉を顰めた。
「アイドルって、売れ続けるには限界があるっていうので事務所の意向でアイドルをやめさせて、ちゃんとした女優にするとかいう話がちらちらと出てるんだよね」
「けどな。それを敦子マネージャーは大反対。まゆみはアイドルとしてやっていくんだの一点張り。まゆみちゃんはまゆみちゃんで売れなくなることを気にして、自分の趣味じゃない仕事もたまにすることもあって、それをマネージャーはいやがるし、事務所はしろというし、板ばさみ。それからだよ、まゆみちゃんがすごくカリカリしはじめたの」
「あの子自身がアイドルとしてやっていきたいらしいけども、それだけじゃ、生きていけないからね、この業界」
男たちが苦笑いして語り聞かせるのに明日はなんともいえない気持ちになった。まゆみはまゆみでアイドルとしてこのまま生きていくか、はたまたそれ以外のことをやるべきなのかとひどく悩んでいたのだ。そのストレスが彼女をあのように我侭にさせたのかもしれない。
「先ほど、ストーカーのほうは捕まえましたので、心配はもうないと思います」
「それはよかった」
「仕事ができるってもんだ」
「それで、マネージャーは?」
「ああ、なんかふらっていなくなっちゃったよ。あの人も苦労人だけども、雑用ばっかり押し付けるの。この雑誌、捨てといて、なんていってさ。元アイドルだからさ、なんか気位が高いの。なんだかんだといって」
男の一人が苦笑いを浮かべながら雑誌を片手に肩をすくめる。
その雑誌を見たとき、明日の中で何か、疑問が浮かんだ。
「雑誌……中を拝見してもいいですか?」
「どうぞ。捨てるものだし」
渡されたなんの変哲もない女性雑誌をぱらりとめくった。
そのとたんに明日は自分のカンが正しいことを理解し、慌てて携帯に手を伸ばした。
「やっぱり、犯人は彼女だったんだ」
雑誌の明日が見たページは――丁寧に文字が切り取られたあとがあった。
タクシーで星砂海岸までくると、波の音が聞こえた。
浜辺をまゆみたちは歩く。
もう暮れている夕日が真っ赤に世界を満たしていく。
「なんでさ、あのとき、私のこと身を挺して守ってくれたの?」
まゆみがコレットに尋ねる。
やってきたストーカーにコレットは身を呈して守ってくれた。
「だって、私、そのためにいるから。それに、アイドルって顔とか怪我するのはいけないんでしょう?」
「……私なんか、守ってくれるの? わがままいって、いやな子なのに」
「お嬢ちゃんはいやな子ではないよ。その目を見ていればわかる。いやな子っていうのは自分が自覚してないものだよ」
久巳の言葉にまゆみは目を瞬かせて、そして俯いた。
「私、アイドルでいたいの。けど、このままじゃ売れなくなるって事務所に言われて、マネージャーはこのままでいなさいって。私、歌がすき。踊るのがすき。けど、このままだと売れないだろうって、売れるために一生懸命になって、好きなことがだんだん嫌いになってきて、どうしたらいいのかわからなくて……みんなが好きなのはアイドルの私だけなのかと思うと、なんだかいやになってきたの」
まゆみが泣き出したのに、コレットが背をそっと撫でた。
「私、好きだわ。まゆみさんのダンスも歌も、すごく元気がもらえるもの。また遊んでほしいなって思うの」
「私、いっぱい我ままいったのに? 時々、ひどいこととかも、いったのに?」
「それは、私が変なこといったからかなって思ったから。気にしてないわ。私ね、同じ年くらいの友たちいなくって嬉しくて……ずっと応援してる。いやなことあったら、また遊ぼう」
「……ありがとう」
コレットの言葉にまゆみはゆるゆると笑った。
そして三人に向けて頭をさげた。
「今日は我侭をいってごめんなさい。そして付き合ってくれて、ありがとう。とっても楽しかった。私、もう少しがんばってみる。やっぱり歌が好き。ダンスも好き。いやなことがあっても、好きだから」
「いいんじゃないのか。そうやっていえるのは、いいことだよ」
久巳の言葉にまゆみは俯きがちに照れたように笑った。
「ありがとうございます。あっ、マネージャー、どうして、ここに」
まゆみが久巳の背後を見て呟いた。
こちらに歩いてくる敦子の姿があった。
「まゆみ、迎えに来たのよ。刑事さんにお話を伺ってね。ストーカー、捕まったんですってね」
「マネージャー、私」
不意に久巳の手がまゆみの肩を置いて、止めた。
ファレルが胡乱な目をして敦子の前に出る。
「なんですか、あなたたち、私は迎えに」
「あなたが犯人ですね。マネージャーさん」
「なにを言って」
「証拠ですか? そうですね」
ファレルが指を鳴らす。
敦子の周囲だけ強い風が吹いて、彼女の身を襲う。ファレルの能力だ。
「なにするの。敦子さんに……あっ」
まゆみが慌てて叫ぶが、そのとき目を見開いた。
強い風が止み、敦子の足元に封筒が落ちていた。それはずっとまゆみを苦しめてきた青い封筒だ。
「それ」
「先ほどあなたは刑事に話を聞いたといいましたが、どうしてここの場所がわかったんですか。ここの場所は流鏑馬さんがいなくなったあとです。なのに、ここにこれる、それは、つまりは、貴方が私たちをつけていたということだ。……話を伺ったときに、貴方が犯人だと思ってました」
ファレルが冷たい目をして敦子を見つめる。
「だって、この子がいけないのよ。素直で、いい子なアイドルでいないから。私でいないから」
敦子が鬼のような形相で睨んできた。
「私は、もっと素直でいい子だった。なのにこの子ったら、売れ出すといやな子になって。アイドル以外の仕事もこっそりとしはじめたりして」
「敦子、さん?」
まゆみが怯えてコレットにしがみつく。コレットがぎゅっとまゆみを抱きしめた。
「まゆみは私なのよ。私が育てた。アイドルでいられなかった……私の夢よ。そう、第二の私なのよ。私が最高のアイドルにする。私そのもの」
敦子はアイドルでいたかった。しかし、アイドルではいられなかった。
ただ好きという気持ちだけでは、アイドルはやっていけなかった。
人気がさがり、アイドルではいられなくなったのだ。それでもこの世界にすがりつき、マネージャーとして働いている。彼女にとってはまゆみは自分そのものなのだ。自分が育てる自分そのもののアイドル。自分の果たせなかった夢を託し、自分がまるで人気アイドルであるまゆみであるとすら思い込んでいたのだ。
「……邪魔はさせないっ」
敦子がナイフを取り出して襲い掛かってくるのにファレルが眉を顰めた。とたんに強い風がナイフを飛ばし、その隙をついて久巳が敦子の身を地面に押さえ込んだ。
「まゆみさんはまゆみさん、あなたはあなたですよ」
ファレルは真っ直ぐに敦子を見て呟いた。
「私は、私はっ」
「そろそろ夢から覚める時間かもしれないよ」
震える敦子に久巳は眼を細めて呟いた。組み敷く敦子の肉体から力が抜けていくのを感じて、ゆっくりと手をひく。
もう敦子には抵抗する気なんて少しもなかった。彼女は自分の夢が壊れてしまうのを知り、大声をあげて泣いた。
「みなさん、無事ですか!」
浜辺の端から明日が駆け寄ってきていた。
息を切らして明日はこの光景を見た。
「どうしてここがわかったんですか?」
「ホテルにいったあと、マネージャーが犯人だとわかって、みなさんの居場所がわからないので、探しました。現場に戻ってタクシーの運転手に聞き込みをしてここだと」
ファレルの問いに答えながら明日は浜辺に崩れている敦子を見た。
「アナタがまゆみさんのストーカーですね。事情をお伺いするためにも同行願えますね」
泣き続ける敦子にはなんの力もない。仕方なく明日は敦子の肩を抱いて立たせてやる。
明日と敦子が歩いていくのにまゆみがコレットの手を握り締めて、口を開いた。
「敦子さん、私……私は私のままでがんばる。だから、敦子さん、私のことを見て、私を私として、私、待ってるからまゆみとしてちゃんとして認めもらえるの。がんばるから」
明日につれられていく敦子の耳に、その言葉はどのように通じたのかわからない。それでも、まゆみは泣きながらも自分の正直な気持ちを伝えることが出来た。
まゆみは涙を拭った。
「みんな、改めてありがとう。……私、今度こそ本当の私としてがんばる。仮面をつけたりしないわ」
|
クリエイターコメント | 今回は参加、ありがとうございました。 仮面というものは、たぶん、自分の本性を隠すもの。外側だけみていてはその中はみえないもの。そんな意味です。 本日は、わがままアイドルの心を救ってくださり、ありがとうございました |
公開日時 | 2008-12-13(土) 21:50 |
|
|
|
|
|